三義民命日祭典

| コメント(2) | トラックバック(0)

sangiminmainitisaiten6.jpg
今日は町内行事でもある三義民命日祭です。祭典中の見学は始めてでした。まずは国分区長さんの挨拶、そして市長、地元市会議員さん、生涯学習課長も参列しています。そして画像の手前右側の4名の方が遺族の方々です。天気が危ぶまれましたが、曇り空のなか関係者と近所の方々により執り行われています。
南総データベース 三義民

sangiminmainitisaiten2.jpg
地元国分寺の住職さんによってお経が始まりました。
sangiminmainitisaiten3.jpg
三百年前、この地域で起こった600人も拘わったとされる農民一揆、民主主義の原点を後の人達に伝える大事な行事です。地元の方々の力により慰霊碑にはいつもお花が絶えません。
sangiminmainitisaiten4.jpg
古くからの住宅街の中にあります。普段は駄菓子屋さんと広場で遊ぶ子供達の声が耐えない場所です。子供が走り回っていますから、通りがかる自動車の方、気を付けてくださいね。
sangiminmainitisaiten5.jpg
義を果たすために一身を投げ出した三人を表現するために慰霊碑の回りを三角形の柵で囲ってあります。そしてこの場所が刑場後として伝えられているようです。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://tateyamasuzuki.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/268

コメント(2)

毎年、館野小・九重小の6年生が命日祭に参加しますが、今年は26日が日曜だったため子供たちの参列はありませんでした。農民一揆という教科書でしか見たこと、聞いたことしかないことが、自分の住んでいる地区で起こっていた、という歴史を理解するよい機会だと思います。三義民の方のお墓は国分寺にあります。自分の先祖の墓参りの際には、自分もですが、子供たちにも深く頭を下げるよう言います。こちらもお線香がいつも手向けられています。

>ackey-mama さん
そうですか、ackey-mama 家のお墓は国分寺にあるのですか、歴史ある立派なお寺ですよね。三人の内国分村の飯田長次郎さんのお墓が国分寺にあり秋山角左衛門さんが湊の薬師堂に、根本五左衛門さんがが医王寺と言うことでしたよね。
三百年前の農民というのは上にたいして全くの無力だったんだとおもいます。それでも六百人もの人が自分達の主張を訴訟したというのはやはりただ事ではなかったはずです。

来年は少し聞き込みでもして詳しく書きたいです。教えてくださいね。

コメントする

このブログ記事について

このページは、が2006年11月26日 22:37に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「冬におすすめの観光スポット」です。

次のブログ記事は「ちばエコ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。